
奥村土牛
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奥村土牛 経歴
1889年 東京都京橋に生まれる。本名義三。
1905年(16才) 梶田半古の門に入り、塾頭の小林古径の指導を受ける。
1906年(17才) 日本美術院に入選。
1912年(23才) 通信省に勤務、ポスターや設計図の仕事をする。
1917年(28才) 生まれの干支に因み、寒山詩「土牛石田を耕す」より、号を土牛とする。
1926年(37才) 速水御舟の研究会に参加。
1927年(38才) 院展に初入選。
1929年(40才) 日本芸術院院友。小林古径の媒酌で、森仁子と結婚。
1932年(43才) 日本芸術院同人。
1935年(46才) 帝国美術学校日本画科教授となる。
1945年(56才) 空襲で家を焼失し、長野県南佐久郡に移る。
1947年(58才) 帝国芸術院会員。
1951年(62才) 武蔵野美術学校教授。
1958年(69才) 日本美術院評議員。
1962年(74才) 文化勲章を授与される。
1973年(84才) 東京近代美術館評議員。
1978年(89才) 日本美術院理事長。
1990年(110才) 逝去。